2016年09月11日

意志薄弱という名の病気

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痛い目にあったのはいつも、
『自分の判断が正しいと自信を持って
ゲームに臨める時にしか相場に入らない』
という原則を守ることができない時だった。

誤った時にすべきことはただ1つ
改めることだ。


ジェシー・リバモア


精神薄弱者を預かる施設の運営者である私の叔父は、かつて、次のような事を語っていた。 40年にわたり健常者と障害者の狭間で生きている人ならではの独特な見地は、自分は精神障害者ではないと信じ込んでいる自分にとって驚きだった。

「世間では精神薄弱者を病人だというが、
健常な人達には 意志薄弱者 がたくさんいる。」

「タバコがやめられない。 賭け事がやめられない。 宗教にのめり込む。 スピード違反を繰り返す。 肥満になる。 女に悪戯する。 飲み屋に入り浸る。 欲しいものを買うために借金をしまくる。 人の悪口を言う。 あげ始めたらきりがない。」

「意思が希薄なため、やめようと思ってもやめない。 やらなねばならぬと思ってもやらない。 理由を作って先送りしたり、気づかなかったふりをしてごまかす。 これが、意志薄弱 さ。」

「その結果、人生を良くない方向に導き、世間や人に迷惑をかけるのは精神薄弱者と変わらない。 精神薄弱は脳疾患だが、意志薄弱は心疾患だと思う。」

トレードビジネスにおいてはルール遵守が成功のカギである。 多くの人は売買ルールを創ることができない。 ルールを創れた人はルールを守る事ができずに自滅の道を歩む。 しかし、本当のところは、

できないのではない、やらないのだ

多くの人は売買ルールを作らず、作ったとしても守らないから、相場でお金を失う。 必要な技術習得と訓練を受けずに相場に金をつぎ込むのは、狂気の沙汰以外の何物でもない。


わーい(嬉しい顔) どうせトータルでプラス 手(チョキ)



お師匠様に感謝、相場に感謝、ルールに感謝、皆様に感謝、広告主様に感謝


posted by 南部藩札 at 12:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | トレードについて | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
南部さん、いつも興味深い記事ありがとうございます。
精神薄弱とは違いますが、身内が鬱病に
なった経験が数度あり、感じたことは
自分は鬱病なんだとか
自分は会社に行けない等
それを受け入れたとたんに
症状が進むということでした。
まさに病は気からの典型のようでした。
特に精神病棟に入院すると
別人のように悪化します。

これは病だけではないですよね。
自分の中の声をそのまま受けとるのか、
監視して自分の良いと思う方向に向けるのか
大事にしていこうと思っていますが
常に意識できるようになることが
できていないです(笑)
感情に流されぬよう、思う毎日です。
Posted by Imai at 2016年09月17日 10:51
Imaiさん、ご愛読ありがとうございます。

「レナードの朝」という映画をご覧になったことはありますか。 もしなければ、一度ご覧になってください。 脳疾患への理解が進むと思われます。

その関係で仕事をしている妹の言葉を借りれば、「鬱病は心の病ではなく、単なる脳疾患です。」 脳神経の反応を制御する特定の化学物質と鬱病との因果関係は判明していますが、有効な投薬方法(化学物質の投与)が見つからず治療できないのだそうです。

投薬治療方法が見つからないのは、脳自体が化学物質のジャングルである事と、個体差が大きい化学物質への反応です。 したがって、入院により病状が悪化するのは、功を奏しなかった試行錯誤的投薬治療が別の症状を引き起こしてしまう様子そのものです。

鬱病の対処療法は気分を害する生活環境や生活スタイル(鬱業)と決別することです。 しかし、脳に疾患があるため、心が思う前向きな思考と行動をとれなのが鬱病ですから、自力で対処療法を行い病気の進行を食い止めることが非常に困難です。 そして、前向きな行動や思考は病状をより悪化させる要因になり得ます。

相手が健常者の場合は、行動から動機や心情を推察することができます。 しかし、相手が脳疾患患者の場合は、心と行動の不一致が生じます。 ここに病状に対する健常者の錯覚が生じる余地があり、鬱病は脳の機能不全ではなく心の病であると誤認します。 鬱病は患者の意に反して不幸を追求する恐ろしい病気です。 健常者がもつ躁鬱状態と鬱病は全く異なります。


脳疾患患者とは、故障がある車を運転しているドライバーに例えられるでしょう。 ドライバ−は途方に暮れるしかありません。 他方、精神疾患患者とは、正常な車を運転している危険運転ドライバーに例えられるでしょう。 ドライバーは自分が精神異常である認識がありません。 

危険運転をするか安全運転をするかはドライバーの意思に因り、意思は自分の在り方に因ります。 つまり、精神病患者でいるか健常者でいるかを、自分自信で決めているのです。 これはとても恐ろしいことです。

「カッコーの巣の上で」という映画をご覧になれば、全ての人間が生来持ち合わせている異常性についての理解が深まり、平安な日常生活に蔓延る精神病の本当の姿を見出すでしょう。

Posted by 南部藩札 at 2016年09月17日 23:07
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